昨今Facebookの株式上場がマーケットの話題をさらっているが、こうした時々のイベントはさておいても、ソーシャル・メディアは今やインターネット上における人々の密接なコミュニケーションの為の欠かせないツールとして不動の地位を占めるに至った。Facebookに限って言えばその全世界ユーザー数は2011年9月現在で8億人とされており、企業はこの膨大なコミュニケーション空間に進出して、自社のブランド・イメージを高揚し顧客にユニークなオンライン体験を提供するべくしのぎを削っており、銀行もその例外ではない。
そこで本稿では米銀を中心として、銀行がどのようにこの新しいメディアを活用しているか、その事例を探ることとしたい。なおソーシャル・メディアのツールとしてはFacebook、Twitter、YouTube等の商用プラットフォームの他、ブログ、仮想空間や自社開発のものも含めて考えることにする。
ソーシャル・メディアはオンライン上で表現力に富んだメディアを駆使し、コミュニティでの親密なコミュニケーションを実現するものであり、銀行にとって以下のような価値をもたらす可能性があると考えられる。
ここで注意するべきことは、ソーシャル・メディアの投資対効果を金額ベースで厳密に追求することはソーシャル・メディアの性格にそぐわないので、むしろレスポンスの早い優れた顧客対応が口コミ効果を生むとか、気の利いた啓蒙コンテンツによってブランド価値を向上させる(「いいね!」効果)とかいったソフトな面に着目すべきであろう。これは従来マスメディア、プリント・メディアなどによる販促の効果を定量的に証明することが困難であったことと事情を同じくするものである。
米銀においては、かねてより大手行から地銀、オンライン専業銀行に至るまで広範囲な銀行においてソーシャル・メディアへの包括的かつユニークな取組みが数多く見られる。その中から、以下では大手4行に限ってその事例を簡単に紹介することにする。
Wells Fargo
当行は以前からソーシャル・メディアに積極的に取り組んでいる。例えばYouTubeではWells Fargoのオフィシャル・チャネルを持っており、中小企業向けアドバイス、債務管理、消費者教育、CSR広報など数多くの動画を提供している。ブログは随分前から運営しており、環境問題、学生向けローンなどテーマごとに分かれて顧客への告知や顧客からのコメントを受け付けている。またユニークなものとしてStagecoach Islandという仮想空間があり、若い人たちにゲーム感覚で金融の基礎知識を学んでもらうためのものとして運用していた。勿論Facebookサイト、Twitterアカウントも持っている。
Citibank
当行はソーシャル・メディアをコミュニケーション・チャネルの一つと位置づけ、顧客の声を聞き顧客とエンゲージするという戦略のもとに、Facebook、Twitter、YouTube、ブログなどフルスコープでソーシャル・メディアを活用している。Facebookでは銀行からのフレンドリーな投稿に消費者が自由にコメントしているほか、YouTubeには多様なビデオが収録されており、例えば日本法人の新しいリテール支店紹介、Citiがスポンサーとなったマイクロファイナンスの会議の模様、Google Walletの解説などもある。
JPMorgan Chase
当行はコーポレート・コミュニケーションにソーシャル・メディアを活用している。"Chase Corporate Challenge"は、当行がスポンサーとなって世界各国の都市で開催している企業対抗の3.5マイル競走であるが、このプログラムのプロモーションの為にFacebook上で銀行・参加者のコミュニケーションを促進している。またFacebook上の"Chase Community Giving"というサイトでは慈善事業のアイディア・コンテスト(人気投票)を行っている。こうした事例は銀行と顧客・社会が双方向でコミュニケーションを行い、銀行のブランド認知度を向上させようとする典型的な試みである。
Bank of America
当行はWebサイト上で、スモール・ビジネス向けのオンライン・コミュニティを運営している。このフォーラムは誰もが無料でサイトに登録可能で、ユーザー同志のディスカッションや専門家による情報提供などがなされている。Bank of Americaはスモール・ビジネスにとって信頼のおけるパートナーになることを目指してこのコミュニティを開設したものと思われ、数年前から継続している独自性のある取組みとなっている。これは自社独自のソーシャルメディアであるが、Twitter、Facebook、YouTubeといったパブリックなスペースにも洩れなく露出している。
米銀の多くはTwitterを活用して商品・サービスの告知や顧客問い合わせ対応などを実施している。顧客が問題に直面している状況や、顧客が銀行に持った印象がTwitterを通してリアルタイムに伝わるので、これに対してタイムリーかつ適切に対応すれば、顧客に高品質のエクスペリアンスが提供出来る。またTwitterの即時性は、2011年のハリケーン・アイリーン襲来時に営業店閉鎖やサービス状況などをリアルタイムに顧客に伝えるのに役立ったということだ。
Facebook、Twitter、YouTube、ブログなど、いろいろな場所に散らばった大量の非構造化データを分析するにはITが不可欠となる。この為のモニタリング・ツールにはベンダーが提供する各種のソリューションがある。ある銀行ではFacebook、Twitterなどで自行が言及されている内容を分析し、特定商品やスモール・ビジネス・サービスなどトピックスごとに言及内容のセンチメントや傾向をマーケティング・チームが月次で報告書にまとめているとのことだ。こういったツールはテキスト・マイニング技術を使用することになるが、例えば「皮肉」の分析はITでは困難なのでどうしても人間がテキストを読むことが欠かせない。ソーシャル・メディアに限らずテキスト分析技術の適用には注意が必要な所以である。いずれにせよソーシャル・メディアの活用を進める場合、ソーシャル・メディアを含むインターネット空間での自社の評判分析(そして競合他社に関する書き込み、金融環境への社会の反応などの分析)を行う態勢とツールが必須となる。
従来の銀行Webサイトはいわば公式なコミュニケーション・チャネルであり、顧客にとっての有効性が重視される一方で、むしろフォーマリティや内容の正確性の方が重要であったように感じられる。これに対してソーシャル・メディアはコミュニケーションのスピードや、顧客にとっての親しみやすさ・分りやすさが非常に重要となるので、対応するスタッフのスキルやカルチャには新しいものが要求される。
最後に、銀行がソーシャル・メディアを活用するに当って取り組むべき課題をまとめてみた。
インターネット・バンキングは経験を積み重ねた結果、そのコンテンツや機能は定型的なものとなった。一方ソーシャル・メディアの方は歴史もまだ浅く、米銀の事例でもわかるように各行のさまざまな取組みが観察される。
本邦においてはソーシャル・メディアを十二分に活用している銀行はまだ多くないと思われる。ソーシャル・メディアの可能性を現実のものとするべく、邦銀における今後の戦略的かつ積極果敢な取組みが期待される。
皿井 正毅
参照サイト
文中参照した事例のほか、幾つかのサイトのURLを示す。読者各位にて「体験」されることをお勧めする次第である。
A) Wells Fargo
http://www.youtube.com/user/wellsfargo
http://www.facebook.com/wellsfargo?sk=wall
http://blog.wellsfargo.com/
B) Citibank
http://www.facebook.com/citibank?sk=wall
http://www.youtube.com/user/CITI/None
http://new.citi.com/
C) JPMorgan Chase
http://www.facebook.com/ChicagoCorporateChallenge?sk=wall
http://www.facebook.com/ChaseCommunityGiving?sk=wall
D) Bank of America
http://smallbusinessonlinecommunity.bankofamerica.com/threads
http://social.bankofamerica.com/#
E) U.S. Bank
http://www.facebook.com/usbank?sk=wall
F) ING Direct USA
http://wethesavers.com/
http://www.facebook.com/ING-DIRECT?sk=wall
他の掲載記事はこちら。