スマートフォンやタブレットなどのモバイル・デバイスを生活の必須アイテムとして使いこなすミレニアム世代(注1)は米国内だけでも8000万人といわれています。彼らを中心に銀行や銀行サービスに対する見方や使い方に大きな変化が現れつつあるといわれています。
一方銀行をとりまく環境は引き続き厳しく更なるコストの削減や改革への取組みに先進ICTの活用が期待されています。今回も昨年に続き、2012年のトレンドを「銀行」と「IT」という切り口で米国の動きを中心にまとめてみました。
モバイル・バンキングはオンライン・バンキングの”おまけ”として提供されてきた感があります。しかし昨今のモバイル・デバイスの急速な普及により銀行にとっても戦略的な対応が必要になりつつあります。 NFC技術(注2)を利用したモバイル・ワレットの分野などでも、モバイル・ペイメントとしてPayPal, Googleなどのグローバル企業の参入による主導権争いが起こりそうです。
更に2012年はモバイル・ファイナンスとでもいうような新世代のモバイル利用が現れるだろといわれています。その先駆けの一つがモバイルRDC(mobile Remote Deposit Capture)です。RDCは物理的に小切手を銀行支店に持ち込む代わりに、パソコンで小切手をスキャンしそのイメージを銀行に送ることにより自分の口座に入金ができるというもの。パソコンの代わりにモバイル端末で小切手の写真をとり銀行に送るのがモバイルRDCです。モバイル・アカウント・マネージメントの重要なサービスといわれています。またオーグメンテット・リアリティ(Augmented Reality)技術(注3)を使いスマートフォンのディスプレイ上に映し出された自分がいる場所の景色に銀行の支店やATMの場所を表示するなどの試みも行われています。更にGPSを利用したマーケティングや行員によるリモート・セールスなどの分野での利用も期待されています。
eメールの代わりにフェイス・ブックを使い、スマートフォンでスターバックス・ラテを買う。スマートフォンはすでに電話機というよりは日々のトランザクションや情報収集のチャネル・デバイスとなりつつあります。
当初、銀行のモバイル・サービスは単にオンライン・バンキング・モデルをiPhoneやアンドロイド端末にポーティングしただけのものでした。しかし今後は高速Wi-Fi環境、GPS, 音声認識、ユーザー・フレンドリーなディスプレイ操作やデバイス・コントロール、クラウド・ベースのユーティリティー・アプリケーションの充実など、最新モバイル・デバイスの特徴を生かしたオンラインバンキング・サービスとこれらのマルチ・チャネルを共通のテクノロジーでサポートする新しいオンライン・バンキング・モデルが必要となりそうです。
タブレット端末という高機能なモバイル・チャネルを使って銀行は利用者にどのようなバンキング体験をしてもらえるか、今年はその試行錯誤の年となるかもしれません。
またタブレット端末がもつ豊富なユーザ・インターフェースは銀行のオンライン・バンキングのチャネル戦略そのものを変えることになるかもしれません。利用者はよりカストマイズされ、よりパーソナライズされた”経験”を期待します。従来のように「銀行がどのようなチャネルを利用者に提供するか」ではなく、「利用者がどのようなチャネルとユーザ・インターフェースで銀行にアプローチしてくるか」に十分な注意をはらう必要があるようです。
モバイル端末はハッカーやフロードスター(詐欺やなりすまし)にとってはまさに動く標的です。紛失・盗難のリスクだけでなく、Wi-Fiホットスポット(注4)からのアクセスなど新たなセキュリティー・リスクが出現します。FPE(注5)や多要素認証(注6)の採用など強固な対策が必要とされています。また今後私物のモバイル・デバイスを会社の一部の業務にも使う(BYOD:Bring Your Own Device)ケースが増えてくるといわれています。しっかりしたセキュリティー・ポリシーと教育が必要とされています。
銀行営業店は地域社会との接点であり、地理的利便性や信頼感、対面による安心感を提供する重要なデリバリー・チャネルでした。しかしオンライン・バンキングやモバイルによるRDCなどのインタラクティブ・サービスの普及により、利用者にとって営業店に出向く目的は、対面によるよりコンサル的な個人サービスやフィナンシャル・サービスを受けることとなりつつあるようです。またこのようなカストマイズされたサービスも、より高度なユーザ・インターフェースをもつタブレット・デバイスなどの出現によりモバイル・バンキングに吸収されてしまうかもしれません。実際米国ではオンライン・バンキングの普及に伴い「煉瓦とモルタル」の営業店は時代遅れで高コストのオーバーヘッドと考えられつつあるようです。 今後営業店の統廃合、立地、スタッフィング、採用、レイアウトなどにも影響しそうです。
米国では昨年FRBにより大手銀行のデビット・カードのインターチェンジ・フィー(加盟店に請求する手数料)に上限を設けることが決定されました。これにより銀行の収益が大きく圧迫されるため、幾つかの大手銀行がデビット・カード利用者に利用手数料の徴収を開始しようとしました。しかし多くの利用者の反対でこれを取り下げるということがありました。
コスト・プレッシャーのなか銀行にとってコストの安いインターネットやモバイルを利用したセルフ・サービスへの移行促進は急務となっているようです。e-ステートメントやオンライン・ビル・ペイなどのセルフ・サービスの利用者には小切手イメージの照会サービスを無料で提供する。また一方で紙ベースのステートメントには課金するなど、多くの銀行でオンライン・バンキングへの移行を促進する方策を講じているようです。
ミッション・クリティカルな銀行基幹システムでのクラウド・コンピューティングの利用は信頼性や安全性、機密保護などの観点からもう少し時間がかかるようです。しかしクラウドでは申込みからインスタンス(注7)を作成し利用開始となるまでのプロビジョニング(注8)にかかる期間が短かく自動化されていることや、データ・ボリュームや処理能力要件に応じてダイナミックに資源を再構成しコストの削減や調整ができることなどのメリットがあります。 米国でも開発環境やCRM, 部門システムなどの分野では利用が促進されそうです。 また多くのSaaSアプリケーションやPaaS開発環境ではプロトタイプから一部本番利用を開始し、利用しながら機能強化することが可能で早期のサービス開始による機会損失の最小化にも有効といわれています。
twitterやfacebookなどのソーシャル・メディアによって人々の嗜好や動向、行動(センチメント・モニターリング)など情報が得られます。またこれらからの情報収集が従来のコンタクト・センターやWebアクセス分析などによるそれと異なるのは、自行だけでなく競合他行についての情報も入手できることです。 Hadoop(注9)などの非構造化大量データを処理する技術をテキスト・マイニングに利用できるようになりマーケティングに役立つ知見や洞察を得ることでの利用が期待されています。
一方銀行がソーシャル・メディアにユーザとして参加し、パーソン・ツー・パーソンのコミュニケーシンによりマーケティングやリードの生成、商品・サービスの開発に利用する例もでてきているようです。今後の進展が期待されます。
トッド・フランク法などの施行による金融規制強化への対応の必要性からGRC(Governance, Risk and Compliance)関連ソリューションへの需要は引き続き高いといわれています。
規制やコンプライアンスに対応しつつ経営効率を上げ効果的なリスク・マネージメントを行うためには、プロセスを改善し、部門ごとにサイロ化された情報を統合し、それらの情報を分析し、経営の改善や顧客行動にかかわる知見を得てビジネスの最適化を図ることが必要とされています。ビジネス・プロセス・マネージメント、マスターデータ・マネージメント、ビジネス・インテリジェンスやアナリティクスなどのツールへの投資の増加が見込まれるようです。
日本でもクラウド、モバイル、ソーシャル・メディア、ビック・データが2012年のITトレンドのキーワードのようです。今回はBank, IT, Trends, 2012のキーワードで拾った海外Web情報をもとにレポートをまとめてみました。情報の過多でいうとモバイル・バンキングやオンライン・バンキングについてのものが多く、小切手社会の米国ではRDCに関する記述がかなりありました。また昨年のデビット・カードに関する一連の動きも業界にとって大きな話題になっているようです。
一方、ソーシャル・メディアやビック・テータについてはこれからという感ありますが、銀行にとってもこれらから抽出される膨大なデータと諸々のチャネルを経由して蓄積される膨大なトランザクション・ログから様々な知見が得られるのではないかと思います。今後の進展に期待します。
ms
(注1)ミレニアム世代…アメリカで1980年代から90年代にかけて生まれた世代でY世代ともいわれる。ベビーブーマーの子供たちで人口的には8000万人前後と多く、アメリカ社会を支配してきた「ベビーブーマー」世代にとって代わる存在になるといわれている。パソコンやインターネットとともに育ったデジタル世代とも呼ばれている。
(注2) NFC(Near Field Communication)…近接型の非接触ICカードで使われる通信方式
(注3)オーグメンテッド・リアリティ(Augmented Reality)…拡張現実と訳され、その時周囲を取り巻く現実環境に情報を付加・削除・強調・減衰させ、現実世界を拡張するもの。
(注4)Wi-Fiホットスポット….街中で無線LANによるインターネット接続が利用出来る場所
(注5) FPE(Format-Preserving Encryption)....元データと暗号化されたデータが同じフォーマットであり、より容易に暗号化データを管理することがきる。
(注6)多要素認証…ユーザIDとパスワードに追加して、ワンタイム・パスワードなどを使って二重あるいは多重の認証を行うこと。ワンタイム・パスワードを別チャネルのモバイル端末などに送るアウト・オブ・バンド認証(Out of Band Authentication)なども有効。
(注7)インスタンス…クラウド上の仮想マシン(サーバー)のこと。もともとアマゾンのEC2で使われていた言葉。
(注8)プロビジョニング…ネットワーク設備やシステムリソースなどを事前に用意しておき、ユーザーの要求に応じてそれを割り当てて迅速にサービスの提供を行うこと。プロビジョニング・ソフトウエアによってリソースプールから必要なリソースが選ばれ、インスタンス化される。
(注9)Hadoop…大規模データの蓄積・分析を並列分散処理技術によって行うことができるオープン・ソースのミドルウェア。
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