CIOのミッション            連載 2011.07.27

1.今回CIOについて何回かに分けて連載することになり、改めてCIOについて考察する機会を得た。CIOという職能は、ある日突然に現れたものではなく電算機時代あるいはデータプロセシング時代(DP時代)といわれた時期から情報化時代そして情報技術時代(IT時代)へと、言い換えるとコンピュータ単体からシステムを如何に利用するか、時代の変遷につれてCIOという職能が要求されるようになった。

2.よって本稿ではまずCIOの生い立ちを概観し、時代の要請を踏まえた上で今日の経営におけるITガバナンスのポジショニングとCIOの係わり方、その環境の中で今日的なCIOの役割は何かを考察してみたい。次に銀行にとってIT投資が多額に上っており、このIT投資を如何に統制し収益に貢献するか、その中心的役割を果たすCIOのミッション及び投資決定の説明責任を如何に果たすか等についても考えてみたい。また、CIOが職能を果たすに当たってCIO一人が情報技術の全てを知ることは不可能であり、CIOを支える参謀・組織は如何にあるべきか。往々にしてIT部門がその任を担うと考えがちであるが、情報技術によって経営の武装化・戦略化をもたらすには十分か、どのような組織・人的資源が必要かを考察する。最後にCIO本人が必要とする知識は何か、経営トップの一員としてのCIOを育成するにはどうすればよいかについて私見を述べてみたい。

第一章 CIOの生い立ち

3.CIOという職能が必要であろうと言われ始めたのは、1980年代に入って米国に端を発したが、その萌芽は既に1970年代初期に見られた。当時米国のコンピュータ利用形態は、ルーチン的な事務処理をコンピュータ化して業務効率を向上させる最盛期であった。しかしながらその状況下でも*1MIT(マサチューセッツ工科大学)では「コンピュータは大変優れた性能を持ってはいるが、同時に大変愚かなものである。コンピュータは我々に質問してはくれない。全部の問題に解答できるより重要な質問をする学生が立派な学生である」又、国防総省でもコンピュータは「我々に対するサーバントである」との思想が中心であり、意思決定は、人間が人間の判断に基づいて行う、という当然の帰結を導出していった。余談ながらこれが日本に入ってくると「コンピュータは何でもしてくれる」「コンピュータ万能」という誤った認識になってしまったことは非常に残念である。

4.当時米国の銀行で最もMISが進んでいると言われたバンカーズ・トラスト銀行では副会長が「これからの企業トップの最大の責任は、コンピュータの発達により非常なスピードで変わる5年あるいは10年先にこの企業を任せられる人材をどう選び、どのように教育するかを決めることにある。こういう重大なことについてコンピュータは決してやれもしないし、やってもくれない」。コンピュータ担当副社長は「当行としてはコンピュータ利用の十分な基盤はできている。ちっとも慌てていない。当行はMISを採用した最初の銀行になろうと思ったわけではないし、最大・最新の大型コンピュータを使う銀行になろうとは思わない。全て慎重に合理的に効果的に考えていく」。さらにチェースマンハッタン銀行の担当者ですら「MISを完成した最初の銀行になろうとは思わない。最良のMISを持つ銀行になりたい」と言っていた。

5.これらの銀行に共通した点は、コンピュータの利用に当たって人員の削減・コストの低減といった消極的な面のみならず、経営戦略の高度化による企業利潤の増大という積極面が重視されたこと、これらを推進するに当たってトップマネジメント自らが経営上のニーズを明確にし、必要な情報が正確・迅速に得られるよう適切な指示を与えたことである。即ち経営トップの強力なリーダーシップがあり、コンピュータの限界を知りつつ道具として利用することを正確に認識していたのである。しかしながらコンピュータ利用の初期の時代であったればこそ経営トップがリーダーシップをとれたが、その後タイムシェアリング等技術の進歩が急激且つ急速であったことから1970年代後半から1980年代初頭にかけてトップ自らがその任に当たることに限界を感じCIOが芽生える契機となった。

6.*2この時代、1970年代後半から1980年代初頭にかけて米国の人口の2/3が情報サービスに従事し、サービス業はGNPの約70%を占め、1970年代以来創出された2500万件の仕事のうち88%はサービス業の分野が占め、サービス産業が急速な発展を遂げ情報・トランザクション・資金を迅速・正確に移動させる必要に迫られた。換言すれば、製造業を中心とした工業化社会から市場が求める製品・サービスに焦点が定められた情報化社会への転換点であったと言える。

7.このような時代の転換点であったにもかかわらずDP(Data Processing)管理者は、データ処理にのみ専念しユーザがどんな情報を必要とするかを知らず単に「データの氾濫」を助長する結果となりユーザの不満を募らせた。MISが叫ばれた時代は、ほとんど企業内の情報を活用することを考えていたが、情報化時代では外部ユーザの情報を如何に取り込むかが最重要課題に変質した。さらにハードウェアについてもコンピュータの小型化及び導入の容易さからハードウェアの非集中化に伴う情報資源の多様化、大量化、離散化が増長、ネットワークにおいても通信とデータの融合等激しい情報技術の変革をもたらしていた。

8.こうした環境の中で情報を企業の主要な資源として管理すべきであるとして情報資源管理(IRM;Information Resource Management)が提唱された。IRMは、企業内の情報技術の潜在力を顕在化させる重要な概念として広まり、情報技術を競争上の武器として活用すべきである。これがベンダーベースのSIS(Strategic Information System)となったのであるが、SISの本質は「誰がIRMを先導し、情報技術を活用したビジネスをリードするのか」であり、まさにCIOの必要性が認識され、ここにCIOの原点を見いだすことができる。IRMを最初に提唱したのは、ボストン銀行の副社長であったW..R.Synnott(シノット)氏であり、CIOは情報資源の機能的利用基盤を築くことによって企業戦略を成功に導くとの概念を広めた。

9.この概念が定着したのは、M.E.ポーターとV.ミラーとの共同論文「情報をいかに競争優位につなげるか」がハーバート・ビジネス・レビューに1985年に掲載され、CIOのポジショニングが定着した。論文の中で情報技術がEDPやIS(Information System)といった特定部署の専権事項ではないことをまず理解することを求め、情報技術には各種サービスも含まれると述べている。情報技術が競争に与える影響として①業界構造を変え,競争ルールも変える。②新たな手段を用いることによって競争優位をもたらす。③企業の既存のオペレーションをベースとして新たなビジネスを生み出す、の三点を強調しており、情報技術を競争優位につなげるための投資決定等にCIOが重要な役割を担うこととなる。

10.又、ポーターは、情報技術が競争優位に果たす役割を明確にするコンセプトとして価値連鎖(バリューチェイン Value Chain)を用いている。情報技術はバリューチェインのあらゆる点に浸透し、価値活動とのリンケージの性質を変えると論じている。バリューチェインが企業の競争優位をもたらすためには、企業内部の各種活動を相互に結びつけることによって市場ニーズに柔軟に対応でき、顧客にサービス価値を提供できる。これは企業内の個々のシステム単独で果たすのではなく、システム相互間のリンケージをいかにうまくつけるかによって企業戦略を達成できる。企業のオペレーショナルなシステムを相互リンケージし、そこからマネジメントに必要な情報を抽出し、状況変化に素早く対応する価値行動へと転換することを述べている。企業は活動すればするほど情報技術はデータを輩出して、分析・管理できる変数は飛躍的に増加するが、分析した後に情報技術は従来のビジネスから新たなビジネスを生み出す。例えばシアーズ社は、クレジット処理で培ったスキルと自社の規模の大きさを活かして、同様な業務システムを他社に提供しているような例である。

11.かくの如く情報技術が競争優位に果たす役割は極めて大きいが、情報技術そのものの管理はいかにすべきか。情報技術の管理はもはやEDP部門だけの職分ではあり得ない。企業が競争優位のために情報技術を活用する場合各組織間のリンケージを調和させ、各経営幹部がリスクを分担して戦略を形成する必要がある。その中心的な存在がCIOである。企業内のアプリケーション間のアーキテクチャー、規格、さらには共通基盤技術の標準化等のリーダーシップをとり、各業務間の整合性を図るコーディネート役に回り、経営トップに対して投資の必要性を説くネゴシエーター、そして情報技術の有用性に関する説明責任を果たす重要な役割を背負わなければならない。CIOは単なる情報技術担当マネージャー、ではなく、経営・業務部門にかかわる職能も持つプロフェッショナルとしてのポジショニングに発展したのであった。シティーバンクのJ.リードは、情報担当役員から最後はトップエグゼクティブまで登り詰めた。CIOの存在感を十二分に発揮した好事例と言える。

12.では現状はどうかというと、1987年にJ.A.Zachman(ジョン.A.ザックマン)が提唱した情報システムを設計する枠組みを基礎として1990年代に企業全体を対象とした概念に拡張されたエンタープライズ・アーキテクチャー(Enterprise Architecture)をバックボーンとして、CIOが活動するようになった。EAは、情報資源アーキテクチャー特にアプリケーション・アーキテクチャーは全社的に適用されなければ意味がない。競争優位を保つ目的を達成するためには、全ての情報技術を統合して一つのシステムに融合した完全統合アーキテクチャーが必要で、戦略計画を基に作成された事業アーキテクチャーに組み込まれなければならないことを示している。

13.EAは、単なる情報システムの構築技法から企業活動全体に拡張されていったのであるが、考え方の根底にはバリューチェイン間のリンケージを良好に保つためには、業務相互間のリンケージが不可欠であり、アプリケーション間でのアーキテクチャーの統一に他ならない。ビジネスアプリケーションと情報技術のアーキテクチャーが一元化されることによって初めて実現可能と解釈された。1999年には、EAの導入事例として米国連邦政府のEA「FEAF ;Federal Enterprise Architecture  Framework」ができ、政府CIOが重要な推進役を果たしたと言われている。

14.EAについては別の機会に述べるとして、現在のCIOは、EAの四つの要素①ビジネスアーキテクチャー②データアーキテクチャー③アプリケーション・アーキテクチャー④テクノロジー・アーキテクチャーをベースとして情報技術だけでなく、事業戦略にも深い職責を課せられている。CIOの職能は、情報技術の発達につれてDP部門から経営全般に責任領域を拡大してきた。今やCEOを支える重要な職責を担うまでに成長したのである。しかし、これはあくまでも米国における事情である。

15.翻って日本ではどのような状況であろうか。IT部門外から就くCIOがEAとは何かを知らないのは残念なことではあるが、「EAとは何か」と問われてIT部門の担当者が、分かり易くCIOが理解できるよう平易に説明できるだろうか。CIO本人にとってもリーダーシップ・コーディネート・ネゴシエーション・説明責任を全うできるCIOであってほしい。このようなCIO及びCIOを支えるスタッフが、金融機関に数多く存在してほしいがために、微力ながら尽力できればと思っている。

                                                         近藤 正司


*1 生産性本部米国MIS調査団報告書 「アメリカのMIS」1968年

*2「 SIS CIOの任務と実務」 W.R.Synnott著 成田光彰訳 日刊工業新聞社 1988年 引用

次章に続く