特定非営利活動法人金融ITたくみsは、日経コンピュータ誌と週刊金融財政事情誌の協賛を得て、地方銀行(地方銀行協会加盟行および第二地方銀行協会加盟行)の連結対象IT関連会社(以下、IT関連会社)54社を対象に、経営動向に関するアンケート調査を行った。21社より回答(締切日9月12日)があり、以下は、その結果をまとめたものである。
尚、回答者の役職は、代表取締役が5名、取締役(含む、専務、常務)が7名、部長が5名、副部長クラスが4名であった。部長、副部長は総務部か企画部の担当である。
本調査を行った問題意識は下記のようなことである。
1)1970年代から大規模化した地方銀行のIT化により、専門技術を持つ大量のシステム要員が必要となり、各行はシステムの開発、運用業務を別会社化し、銀行本体、グループ企業に対するIT化支援に関する大きな役割を任せてきた。
2)これらIT関連会社は、銀行と連携して地元企業や地方公共団体に対しても、地域密着のIT化支援を行ってきた。地方圏においては有力なシステム開発企業が少ないこともあり、廉価で堅実なIT化支援を行う地方銀行系IT関連会社は、地域IT化において重要な役割を期待されてきた。
3)2000年3月末には地方銀行協会加盟64行で58社、第二地方銀行協会加盟60行で25社の合計83のIT関連会社が活躍していた。しかしながら、この頃より勘定系を中心として基幹系オンラインの共同化やアウトソーシング化が急速に進展した結果、IT関連会社は主要な収益源を失うこととなり、銀行再編の流れと合わせて、IT関連会社の再編、解散が増加している。本年3月末時点で、実質的に活動している地方銀行のIT関連会社は54社と激減している。
4)基幹系オンラインを共同化した銀行においては、IT関連要員数を大幅に削減しており、特殊な例ではあるが、企画担当の数名だけというケースすらある。こうした中、IT関連会社の事業継続が難しくなるということは、銀行本体の自律的IT化推進を不可能とする危険があり、同時に地域経済、社会に対するIT化支援能力の持続可能性を危うくすることが懸念される。
5)上記の現状認識と危機感から、地方銀行のIT関連会社が地域の中核的IT企業に脱皮する方策を考察すべく、まずは、経営の現状を調査することとしたものである。
回答21社中、20社は銀行主導で設立されている。1社のみ地元企業との合弁で設立されている。
注) プロパー社員をもたず、銀行からの出向社員と多数の委託先要員で事業運営している会社が1社あり、同社が自営オンライン銀行関連会社の社員数を大幅に引き下げ、委託先要員数を引き上げている。しかし、総要員数においては平均値への影響は微小である。
プロパー社員数は、総計で1128名である。注記1社を除いた20社で平均56名のプロパー社員を擁している。開発に57%、運用に30%、間接部門に12%の社員が配置されている。間接部門とは、役員、管理部門、営業部門である。一般のソフト開発会社等に比べると、間接要員の比率が極めて低いと言える。その内訳は質問していないが、営業部門の要員が少ないものと推察できる。
設立の目的は、圧倒的にIT能力の確保強化であり、ついで人件費の抑制(以前は銀行員の人件費が高かったことが影響している。)次いで、地元企業を対象とした外部向けサービス・製品の販売である。銀行が顧客企業向けサービスの一環として提供してきた給料計算などの受託業務をIT関連会社に移行させたものである、県や市町村などからの計算受託業務も多い。
注) その他目標は、収納代行・代金回収等。
競争原理の導入とは、銀行本体のシステム部門、外部IT企業との競争を通じて、技術力強化、コスト適正化、ニーズ対
応力を強化することである。
IT能力強化やIT関連人件費の抑制を目標とすることは、親銀行または銀行グループ企業への収益依存が高いことを意味し、設立の背景からすれば自然なことである。一方で、競争原理の導入を意図した会社がほぼ皆無であることは、他の一般IT企業との競争を意識することがなかったことを顕している。つまり、独立採算を前提とした別会社化ではなかったということである。少数ではあるが、当初から母体銀行向けITサービスだけではなく、収納代行など付加価値業務との一体化を推進したIT関連会社は、現在でも経営が安定している。
銀行本体の売上比率が下がる一方で、グループ会社や地元企業の比率が上がる。今回調査では売上額を調べていないので定かではないが、銀行本体向け売上減少により、売上総額が減少する結果、他セクターの比率が上がるのは当然である。他金融機関向け売上比率の伸びは、金融機関同士でのソフト流通の動きが強まっていることを示しているが、その規模は微小である。他地域企業向け売上が減少傾向にあることは、採算が取れないので意図的に地元回帰しているか、事業全体を縮小させる傾向のあることを伺わせる。他方、総務省などによるクラウド化推奨を受けて、地公体顧客がクラウドの採用・検討を進める動きにあり、地公体取引の多いIT関連会社において、事業機会喪失の危機意識が寄せられている。
ちなみに母体行向け売上比率の推移を個別に見ると以下の表のようになる。
自営オンライン行のIT関連会社における銀行本体への収益依存が高いことは明白である。つまり、自営オンラインを共同化、アウトソーシング化すれば、母体銀行からの収益が激減することが再確認できる。特に、社員数の多いIT関連会社の母体銀行が共同化等に移行する場合には、代替となる収益源を相当程度事前に確保しておく必要のあることが自明であるが、昨今の経済情勢からすると採算を確保しながら新規顧客を開拓することは極めて難しいことも現実である。
前述の通り、自営オンライン行(79名)の方が、共同化行(45名)のIT関連会社よりも社員数が多いが、外販売上も多い。外販により銀行本体関連案件での繁閑差を調整していることが伺われる。両者の社員数差34名を売上に換算すれば2、3億円程度と推定できるが、実際にはもっと大きな差があるようだ。一方で、社員数が相対的に少ない共同化行のIT関連会社では、母体行の基幹系システム更改時など繁忙時期における人的手配が難しくなることが予見される。母体銀行においては、一段とITの外部依存が高めざるをえなくなり、自律的戦略展開に対する大きな制約要因となる恐れが強まる。
設立時の事業環境から大きく変化した現在、各社の主要な経営目標が変わっているか確認するための質問を行った。
回答21社中、母体銀行が自営オンラインを継続している会社は7行(内、2行は共同化移行準備中)であるが、それでも14社が母体銀行およびグループ企業へのIT支援を主要目標においている。設立時の事業目標は余り見直されていないようだ。地元企業向け外販を最優先するとの回答が5件に増えているだけであった。通常、勘定系オンラインへの支出が地方銀行IT経費の70%前後を占めることを考慮すれば、その収益源を代替する事業分野を開拓する為には、大変な努力を要する筈であるが、それを実現するような動きを取る会社は少数である。
ちなみに、その他を経営目標第一位にあげた会社は、収納代行業務を中核事業としている。銀行系IT関連会社として、極めて適切なアプローチといえよう。
注)改善率は、現在問題あり、多少問題ありの合計回答数で3年後に改善するとの回答数を除したもの。
悪化率は、3年後に悪化するとの回答数を3年後の総回答数で除したもの。
売上と利益が減る見込みなので、間接コストと不採算案件を減らす努力が行われている。その一方で、営業力を強化したいとするが、見通しは暗いようだ。コア製品も拡充したいとあるが具体的施策は見えていない。新規の案件がなければ、技術力強化の機会が減り、人材も陳腐化する。その結果、ますます営業活動が停滞する。収益面での問題が出るだけでなく、新たな人材確保も難しくなるという姿が現れてくる。縮小均衡のスパイラル現象が顕著に出ている。
開発受託、ソフト製品、データセンター、コンサルティング・研修事業を強化するとの回答が多い。どれも、伝統的なIT事業であり,大きな成長を見込めない、むしろ、過当競争しながら縮小する分野である。一方で、クラウド・ASP事業に何らかの方法で参入したいと考える会社が半数近くある。クラウド・ASP事業は世界最高レベルの運用能力と規模の経済を必須とする事業であり、単独で限られた規模の市場に参入することは極めて危険である。
今後の経営に前向きな展望を示した会社では、以前から代金回収業務に注力しており、それを更に強化することで事業拡大が可能と考えていることは他社の参考となろう。市場規模の制約の中で独自性のある業務知識を活かして他社にないサービスを強化する試みである。その視点からすれば、BPO事業強化を考える会社が半数に上ったが、その中核業務の絞り込みとコンピテンシー確保が重要な戦略課題となるだろう。
ハード販売、ネットワーク関連事業ともに、規模のメリットが必要であり、加えて、昨今の市場動向の中で収益性を期待できない分野である為、余り積極的には考えられていないのであろう。
注)積極度は、実施中と検討予定の回答数合計から実施せずとの回答数を差し引いたもの。
圧倒的に多くの会社が、母体銀行との連携強化と営業力強化を重視するとの回答である。一般のIT企業が行う資本提携戦略や業務提携戦略への関心は低い。また、海外市場進出やオフショア化など国際化を考えようとする兆しは見られない。隣県や大都市圏など他地域への進出意欲も殆どない。 事業目標が、あくまでも母体銀行及びそのグループ企業へのIT化支援であり、その余力をもって地元企業顧客へのIT支援ということなのであろう。こうした事業目標は、母体銀行に財務面での余裕がある間は問題なかろうが、昨今では母体銀行にとって過剰負担とみなされるケースも出ている。母体行は地域最大規模の企業であり、基幹系以外にもIT化のニーズは幅広く大きい。まずは、母体行の本部各部、支店を新規見込み先として開拓することが、独立採算化の第一歩となるだろう。まさに、独立採算による自立を目指すのか、あくまでも銀行システム部門の別働隊としての立場に徹するかの岐路にさしかかっているのではないかと考えられる。
自立を放棄して、事業縮小、母体銀行への吸収を計画中、または、検討予定とする回答が少数ながらあった。一方で、自立への施策を示す回答は極めて少なかった。現状維持を否定し、母体銀行復帰もないとの回答が圧倒的であるものの、具体的な打開策の検討はなされていないようである。
海外展開とは言わないまでも、コアコンピテンシーを確立しながら、資本、技術、業務提携などを通じて事業拡大を図ることが必要ではあるまいか。このままでは、意図せぬ現状維持、或いは、事業縮小となり、やがては存続の危機に至る会社が増える恐れがある。
以上のように、大きな戦略変更による事業拡大、独立採算化を目指す動きは鈍い状況にあるが、戦略的展開を阻害する要因についても質問を行った。
注) 制約率は、大きく制約、多少制約の回答数を当該要因への全回答数で除したもの。
意外であったが、銀行グループによる資本所有や銀行法等規制による制約を指摘する回答は少なかった。最も大きな制約要因は技術の変化である。技術力、資金、人材の不足も指摘されているが、この3点が技術変化への対応を難しくしているものと考えられる。
地域経済の規模の不足や景気低迷に関しては、地域差が相当出ている。地方圏では、IT関連価格の低下は影響なしとする一方で、市場規模や経済状況の影響を大きく受けているようだ。それに対して大都市圏では、市場規模はあるものの、価格競争が厳しく、人材確保にも制約があるようだ。
まずは、資金と人材を確保しながら技術力を磨かなければ、技術革新に対応できず、戦略的展開が難しくなるだけでなく、母体銀行グループおよび地元顧客企業へのIT支援という企業目標そのものの遂行が難しくなることは明らかである。資金、人材、技術力が最大の制約要因と見なすことができるだろう。
ちなみに回答各社の資本金について調べてみた。21社合計の資本金は10億8千万円である。全社員数(出向、派遣、委託を除く)が1128名であるから、一人当たり資本金は約96万円である。しかしながら、資本金1億円以上の会社が3社あり、それを除いて計算すると、総資本額3億45百万円、社員数1006名で一人当たり34万円の資本金である。これは余りに少ない。一般的なソフト開発会社では、固定資産とIT機器装備により異なるが、社員一人当たり資本金が100~200万円である。資本金の少なさは、固定資産の規模だけではなく、先行投資力に大きく影響する。母体銀行グループのIT関連別動部門なので、運転資金だけあれば良いとの考えから、こうした低い資本額が設定されているのであろうが、IT関連会社戦略を見直す際の大きなテーマとなるだろう。決算概況を公開している数社のケースを見ると、年間純利益を2~3千万円程度計上し、それを剰余金として積み上げることで、株主資本としては4~8億円という自己資金を保有している。こうした資金の活用を図れば、投資資金に関する制約は大きく緩和することができる。もっとも、決算概況を公表する会社は、事業運営が順調な会社に限られているようである。
また、売上額を公表している数社のケースを見ると、社員一人当たりの年間売り上げは、9~11百万円となっている。外注比率や機器固定資産の保有状況にもよるが、一般的なソフト開発や運用受託業務の事業者売上と同等以上であり、利益を積み上げることは可能である。ただし、売上額公表会社は全て、母体銀行が自営オンライン行であり、7~18億円の売上を計上している。仮に母体銀行の共同化やフル・アウトソーシング化によって母体行関連売上が半減する事態となり、4~9億円の新収益源を確保する必要が出たとしても、決して実現不可能なことではない。多くの一般的IT企業が、成し遂げていることである。
設立時と比べて事業環境が大きく変化したとの認識はあるものの、事業の見直しを行った会社は極めて少ない。結果として、母体銀行のIT外部委託化による売上と利益の激減もさることながら、IT企業としてのコンピテンシー不足が問題として浮きあがっている。特に、技術力、人材、資金の問題である。これらが不足しているためにコア製品・サービスを確立できず、対象市場の拡大もできない。それが営業力を弱体化させ、新規案件という新たな技術や業務知識習得機会を減少させていると読み取ることができる。
このままの状況が続けば、独立採算化はもとより、母体銀行グループへのIT化支援そのものも難しくなる事態も考えられる。事業縮小スパイラルに陥れば、優秀な人材が、自己の能力向上機会を求めて流出してしまうこととなり、縮小速度は加速する。母体銀行の立場からすれば、連結対象であるが故に、自行の競争力、収益力強化に貢献できないIT関連会社は、存続意義を失うというより、むしろ、経営の重荷になることを意味するだろう。
急いで企業目標を見直し、経営戦略の再構築、コンピテンシー強化の具体的施策を決めて、行動を開始する必要があるだろう。それが、母体銀行と地元経済、社会への貢献を可能にする唯一の道である。それに伴う阻害要因は種々あることは確かであるが、いずれも予見し、回避・打開できるものである。過当競争状態にある大都市圏を除けば、高いブランドと優秀な人材を抱える銀行系IT関連会社という優位性を活かして、数年で目標を達成することは不可能ではあるまい。
以上
島田 直貴