昨今、地域銀行では、IT人材の量的、質的不足が大きな問題として指摘されている。しかし、過去において、人材が充分だとする時期はなく、常に不足感を抱きながら、50年以上もシステム化を進めてきた。今後も、同じように不足感を抱く状況が続くと考えるのが自然ではなかろうか。そうとはいえ、ここ数年における悲鳴にも近い不足感というか枯渇感は、どこから発生しているのであろうか。過去と同じ方法で、解決に当たれば良いのであろうか?
こうした問題意識から、限られた調査文献と地域金融機関のIT部門管理職の方々から得た情報を元に、我々の経験と知見を加えて、状況を整理し、原因を推測し、解決方法を模索してみたいと考えた。考察の対象は、地方銀行と第二地方銀行の2業態とする。
新たにアンケート調査等は行わず公開されている資料・文献を活用する。幸いにも、財団法人金融情報システムセンター(FISC)が、平成21年9月に「地域金融機関IT研究会報告書」を発表している。2年近く経過しているが、状況に大きな変化はないと考えている。また、同報告書には、簡単ではあるが326金融機関から回答を得たアンケート調査結果が掲載されている。こうした調査は他になく、我々の作業でも活用する予定である。他に、某団体が三十数行の地方銀行をヒアリング調査した資料についても分析対象とする。また、社団法人日本情報システムユーザー協会や日経コンピュータなどの年次調査でもサンプル件数は少ないものの、一部金融機関が回答した調査があるので、こうした資料も参考とする。
IT人材問題は、その状況が余り数値化されておらず、また、我々自身に日常的かつ身近なテーマであることもあり、得てして観念的に問題点を把握し、解決案を試行する傾向にある。そこで、過去の常識や前提知識を極力排除して、ゼロベースで問題点を含む現状を把握し、真の解決策を目指すことに努めたい。提示予定の解決策は、検証されたものとはならないが、地域金融機関におけるIT人材戦略の参考になれば幸いである。
各素材から解決策という結論に至る整理手順は、コンサルティング・プロセス(CP)という手法を使用する。具体的には、Factsを収集し、FactsからFindings(個別事象ではなく共通事象や因果関係等)を抽出する。Findingsから仮説(Hypo:Hypothese)作成を通じて問題の影響予測や解決策を仮置きする。Hypoを裏付ける事項を抽出し、Factsから確認するか、更に別資料を求める。FindingsとHypoを同類事項、因果事項等で整理し、Conclusionsとしてまとめなおす。そこには、問題点、その原因、放置した場合の影響、解決策が羅列される。Conclusionsを重要度、緊急度、実行可能性、波及効果などで比較判断してRecommendations(提言)としてまとめる。
Facts-Findings-Hypo-Conclusions-Recommendationsという整理方法は、決め打ちの論理展開になる傾向を持つが、調査作業の効率は極めて高い。知見や柔軟な発想に基づいた質の高い仮説を立てることがポイントとなる。今回の考察で、ベストな整理ができるか確信はないが、将来に渡って仮説を修正し続ければ、より精度の高い実態と効果的な解決策を発見できると考えている。
上記各ステップの結果を中間報告の形で順次公表する予定である。作業の過程が見えるので、読者自身が自分の知見を反映して考察し直すことが容易であろう。読者諸氏からのご意見や新たな情報の提供をお願いしたい。
システム要員数の状況 平成20年3月時点
自機関 | 関連会社 | その他常駐SE等 | 要員数合計 | |
都銀、信託 | 1,299人 | 3,348人 | 8,164人 | 12,810人 |
地銀、第二地銀 | 3,018人 | 2,253人 | 2,597人 | 7,867人 |
信金、信組 | 2,152人 | 286人 | 353人 | 2,791人 |
労金、その他 | 336人 | 425人 | 559人 | 1,320人 |
合計 | 6,804人 | 6,312人 | 11,673人 | 24,788人 |
F1.地銀、第二地銀で合計7867人が常勤していた。外部要員(関連会社や常駐SE等)の比率が61.6%と全産業平均52.2%に比べて極めて高い。
F2.地銀、第二地銀のシステム投資額は、FISCのシステム化アンケート調査によれば、平成11年以降6~7千億円の間を推移しており、開発人材の需要は根強い。
F3.特に求められるITスキルをアプリケーション開発、ネットワーク・データベース設計、セキュリティ、基盤構築、各種ハード・ソフト製品スキルとし、技術の多様化・変化の速度が余りに速いので、5年、10年の長期スパンで技術動向を先読みした情報収集が必要だとする。
F4.業務知識の重要性と不足感の深刻さに対し、エンドユーザー目線での業務設計の必要性や先進的IT活用事例を通じた業務改善提案強化を推奨している。
F5.サブシステムの多様化と外部委託の増加に伴い、調整・交渉力が求められ、コミユニケーション・マネジメント系研修にニーズが高まっている。
F6.システム部門内のローテーションは余り行われていない。少人数で予算と時間の制約もあり、開発、維持管理が属人化し易いためである。
F7.業務部門とのローテーションは、7.4%しか行われていない。
F8.平成20年度FISC[システム化アンケート]によれば、システム要員担当業務は、企画16.7%、開発51.7%、運用31.6%の構成である。その内、外部委託比率は、企画で6.1%、開発31.6%、運用33.2%である。外部人材への依存が高まるとシステムのブラックボックス化、ベンダー依存過多のリスクがあるが、現時点でその心配はない。
提言1.数年から十数年に一度大規模な更改が必要となるため、その担い手を含めて長期
的な人材戦略の立案が求められる。
提言2.IT人材の可視化が重要で、人材ポートフォリオによる人材管理は始まったばかりである。
提言3.人材ポートフォリ管理ではギャップ分析のためにスキル標準が必要であり、UISSを自社用にカストマイズするなどして活用すべきである。三菱UFJ証券ではUISSをカストマイズし、診断のための質問項目作成に数カ月の労力を費やしたが、効果は大きかったとのこと。
提言4.数年で変化するシステム戦略と長期的人材戦略の整合性を保つことは難しいが、経営陣の理解と人材戦略策定スタッフの配置により長期的人材戦略を検討すべきである。
提言5.PDCAを可能とする人材育成計画を立案すべきである。具体的には、キャリアパス明確化、専門職制度と組み合わせた評価制度、部門内ローテーション、短期転属やシャドープログラムを含めた業務部門との人材交流、OJT体系の整理や外部研修を含めた教育プログラム策定、社外コミュニティを含めた自己啓発機会の提供、新入行員に対するIT研修を通じた適材新人の確保、中途採用の積極化と業務スキル強化策の提供などである。
FISCは、当報告書作成にあたってアンケート調査で、システム部門の人材育成に関する問題意識を調査している。地方銀行45行、第二地銀44行が回答した。
質問内容は、下記8項目で、全て選択方式である。(質問により複数選択可能)
Q1.人数、スキルの充足状況
Q2.人材が不足している分野
Q3.人材不足の原因
Q4.人材育成の重要性に対する経営陣の理解
Q5.人材育成計画の状況
Q6.OJT機会の増減傾向
Q7.OJT機会減少の原因
Q8.人材確保に実施している対応策
我々の分析では、信用金庫を対象外とした。理由は、従前より勘定系オンラインを共同化しており、情報系やネットバンキング等も業界による対応を進めている為、自金庫内にシステム部門を持たない信用金庫が数多く回答に含まれていること、および、個別金融機関としての問題意識や解決方法が他業態と異なると考えられる為である。
なお、項番にQ,S,Hを付与しているが、その意味は次の通りである。
Qx.は、FISC調査の質問番号で、当分析におけるキー・クェスチョンとの位置づけ。
続く文章は、回答の集計結果で地銀、第二地銀の両業態を合わせての回答数比率である。
Sx.は、回答結果に関して、我々が疑問に感じ、出来れば事実確認したいことである。サブ・クェスチョンの位置づけである。
Hx.は、回答結果等から抽出した仮説(Hypothesis)であり、問題指摘型と解決策指摘型とを含んでいる。
アンケート結果からのファインディング
Q1.70%が人数、スキルともに不足、27%で人数は充分だがスキルが不足と回答。
Q2.不足するスキルは、業務・技術双方の経験知識が86%、オープン系技術が69%、プロジェクト管理が53%、他に業務プロセス改善40%、委託先管理36%など。
Q3.人材不足の原因を複数回答で求めたが、大きくは3点に集約される。業務・技術双
方に精通した人材は元々希少で外部にもいない64%、技術の進歩が速すぎる(63%)
ことに加えて技術範囲が広くてカバーできない(57%)である。
Q4.人材育成の重要性に関し経営陣の理解を得られているかとの質問に、「得られてい
る」が29%、「得られていない」が44%、「どちらともいえない」が27%。
得られていないとの回答率は第二地銀が、地銀よりも12%高い。
Q5. 育成計画に関しては、48%が一般職員と共通の育成計画を使用している。つまり、
専門技術が必要な人材としては扱っていない。スキル別レベル別に人材管理を行っているのは22%と少ない。研修計画があるとする回答は29%。中長期的目標があるのは29%だが、経営目標と整合させているのは6%である。この結果、キャリアパスに参考となる育成計画があるとするのは10%だけであった。
Q6. OJT機会の増減につき質問。減少が58%、増加が11%、どちらでもないが30%である。
Q7. OJT機会減少の原因につき質問。アウトソーシング・共同化による内製案件の減少
が62%、指導者不足が56%、現場の多忙が62%であった。
Q8. 人材確保の施策に関する回答は、長期配属が55%、資格取得者への報奨金54%、
中途採用43%、システム子会社での人材確保34%、新卒採用12%、キャリア選択
制度8%、他部門との積極的ローテーション7%、スキルレベルでの給与体系1%であ
る。
島田 直貴
(報告2)に続く